眼瞼診察をどう取るか – MRD1, levator function, Hering, lid lagの実務
眼瞼所見は重要だと分かっていても、実際の外来では「なんとなく下がっている」「なんとなく開きすぎている」で終わりやすい領域です。原因は、知識不足というより、どの順で、どの姿勢で、何を固定して見るか が曖昧なことにあります。眼科医として感じるのは、MRD1 や levator function は数値そのものより、取り方がそろって初めて意味を持つということです。
この記事で押さえたいこと
- 眼瞼診察は
正面の静止画と上下視・閉瞼の動画を分けて取る - MRD1、瞼裂幅、眼瞼溝、眉毛位置は primary gaze でそろえて見る
- levator function は
眉毛を固定して、上眼瞼縁の移動量をみる検査 - Hering test、lid lag、Cogan lid twitch は、コツを知ると bedside で十分取れる
- TED、MG、腱膜性 ptosis は、眼瞼所見だけでも次の検査へ進むきっかけを作れる
まず診察環境をそろえる
最初はスリットではなく正面観察
スリットランプは細部には強いですが、眼瞼診察の入り口としては万能ではありません。両眼比較、顎位、眉毛代償、上下視での動きは、診察椅子や正面観察の方が取りやすいです。
実務的には、最初に以下を整えるだけで所見の精度がかなり上がります。
- 検者と患者の目線をほぼ同じ高さにする
- 顎上げ、顎引き、顔の傾きを補正する
- 患者には遠方または正面の一点を見てもらう
- 眉毛を上げていないか最初に見る
「遠方固視」は眼瞼でも大事
近くを見てもらうと、瞳孔だけでなく眼瞼位置もわずかに変わることがあります。MRD1 や lid height は、できるだけ primary gaze の安定した条件で取る方が再現しやすいです。
正面の静止画でみるもの

図1: primary gazeでMRD1、MRD2、PFH、眼瞼溝、眉毛代償を同時に確認するための模式図です。実際の測定値は人種差、撮影条件、頭位、眉毛代償の影響を受けるため、絶対値だけで診断を決めるものではありません。
MRD1 と瞼裂幅
MRD1 は、角膜反射から上眼瞼縁までの距離です。まずはこれが、眼瞼高を最もシンプルに表します。重要なのは絶対値だけでなく、左右差と文脈です。
| 指標 | どう取るか | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| MRD1 | primary gaze で角膜反射から上眼瞼縁まで | ptosis / lid retraction の中心指標 |
| MRD2 | 角膜反射から下眼瞼縁まで | 下眼瞼位置と瞼裂全体の理解に有用 |
| PFH | 上下眼瞼縁間距離 | 一見の開き具合を把握しやすい |
MRD1 は欧米の成書では 4〜5 mm 程度が目安として示されることがありますが、人種差、年齢、撮影条件で変わります。実務では その人の反対眼と比べてどうか、視軸にかかるか、眉毛代償を使っていないかを合わせて見ます。
眼瞼溝と上眼瞼のくぼみ
ここは見逃されやすいのに、腱膜性 ptosis を疑ううえで有用です。上眼瞼溝が高い、深い、上眼瞼が薄くくぼんで見えるなら、腱膜性を支持する所見の一つになります。
逆に、眼瞼溝が低く、眉毛代償や前頭筋緊張が強く、下垂の割に眼瞼全体が重い印象なら、別の機械的要素も考えます。
眉毛位置は必ずみる
眉毛が上がっていれば、前頭筋で代償している可能性があります。MRD1 がそこそこ保たれていても安心できません。眼瞼だけを見るのではなく、眉毛を含めた前額の表情 を最初にみる癖が重要です。
動きでみるもの
Levator function
levator function は、前頭筋の代償を除いたうえで、下方視から上方視までに上眼瞼縁がどれだけ動くかを見る検査です。ここでのコツは、眉毛を止める ことであって、まぶたを押さえ込む ことではありません。
取り方
- 検者の親指を眉毛のすぐ上、できれば骨に当てるように置く
- 前頭筋の持ち上げだけを止める
- 患者には頭を動かさず、最大下方視から最大上方視へ動いてもらう
- 上眼瞼縁の移動量をみる
よくある失敗
- 眉毛ではなく上眼瞼を押してしまう
- 頭が一緒に動いてしまう
- 片眼ずつ見ず、反対眼の代償に引っ張られる
- 上方視だけ見て、下方視のスタート位置を雑に扱う
実務上は、厳密な mm よりも 下垂の程度に比べて LF がよいか悪いか がまず重要です。
Hering test
片側下垂っぽく見える症例で一度はやっておきたいのが Hering test です。下がっている側を軽く持ち上げたとき、反対眼が下がれば、両側 levator drive の再配分が見えている可能性があります。
機序としては、患側を検者が持ち上げることで「両眼が開いた」状態に近づき、脳幹から両側上眼瞼挙筋へ向かう共通の drive が弱まります。その結果、反対眼に隠れていた下垂が表に出る、という見方です。
どうやるか
- 患側上眼瞼を指や綿棒で軽く持ち上げる
- 反対眼の lid height が下がらないか見る
- 眉毛代償が強い症例では、眉も見ながら判断する
これは 隠れた両側性 を拾うのに役立ちますが、必ず出るわけではありません。Chen の review でも、術前評価として lifting test / covering test / phenylephrine test が重要と整理されています。フェニレフリンを用いた評価は施設の運用や適応に左右されるため、この記事では Hering test の bedside での見方に絞ります。
Lid lag
lid lag は、下方視で上眼瞼が眼球に追従せず、高い位置に残る所見です。甲状腺眼症、先天性 ptosis、瘢痕性変化などで問題になります。
TED で lid lag が目立つ理由は一つではありません。levator-Müller complex の過緊張や線維化、眼球突出による眼瞼と眼球表面の位置関係の変化、上眼瞼後退そのものが重なり、下方視で上眼瞼が眼球の動きに滑らかについていきにくくなる、と考えると理解しやすいです。
どう取るか
- 患者にゆっくり検者の指を追ってもらう
- primary gaze から下方視へ、あるいは軽い上方視から下方視へ動かす
- 眼球は下がったのに上眼瞼が遅れて残るかをみる
速く動かすと分かりにくいので、ゆっくり が大事です。陽性かどうかは、上方強膜が下方視でも見え続けるか を目印にすると bedside で取りやすくなります。
病態ごとに取りたい眼瞼サイン
腱膜性 ptosis
前向きに疑うときは、次の組み合わせが実用的です。
- MRD1 低下
- 下垂の割に LF が保たれる
- 高い / 深い眼瞼溝
- 上眼瞼のくぼみ
- 下方視で悪化しやすい
- 明らかな瞳孔異常や眼球運動障害がない
Morax でも、high lid crease と good to excellent levator function は典型所見として整理されています。
眼筋型重症筋無力症
MG では、変動する こと自体が所見です。眼瞼で bedside に取りやすいのは以下です。
| 所見 | どう取るか | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| 疲労性 ptosis | 上方視保持でだんだん下がるか | 変動性を拾う基本所見 |
| Cogan lid twitch | 下方視から primary に戻した瞬間に一瞬跳ね上がるか | 補助的にMGを示唆 |
| Peek sign | 軽く閉瞼保持で隙間があいてくるか | 眼輪筋の疲労をみる |
| Ice pack test | 冷却後にMRD1が改善するか | ptosis優位例で有用 |
実務では、表の名前だけでなく「何を陽性と読むか」をそろえる方が大切です。
- 疲労性 ptosis: 患者にやや上方を見てもらい、30〜60秒ほど保持します。上眼瞼が徐々に下がる、左右差が広がる、眉毛代償が増える、という変化を見ます。強い上方視は苦痛と代償を増やすため、無理をさせすぎないことも重要です。
- Cogan lid twitch: 数秒下方視を保ってもらい、primary gaze に戻した瞬間を見ます。上眼瞼が一瞬過剰に上がってから下がる動きを陽性として扱います。2023年の systematic review でも診断性能には幅があり、単独で決めるより他の所見と合わせて使うのが現実的です。
- Peek sign: 軽く閉瞼してもらい、そのまま数秒保ちます。時間とともに眼裂が開いてくる、睫毛や角膜が見えてくる場合、眼輪筋の易疲労性を疑います。これは挙筋ではなく眼輪筋を見ている所見で、ptosisの評価とは向きが逆です。
- Ice pack test: 眼瞼下垂が目立つ側の上眼瞼を冷却し、冷却前後の MRD1 を比べます。2 mm 程度以上の改善を陽性の目安として使うことが多いですが、冷却時間、測定方法、患者背景で結果は変わります。陰性でもMGを除外せず、臨床像、抗体、電気生理、経過を合わせて判断します。
甲状腺眼症
TED で実務上まず見るのは、派手な signs の名前を全部覚えることより、primary gaze、down gaze、スリット観察 の3場面です。閉瞼と露出リスクは重要ですが、この流れでは後段で別に確認します。

図2: 甲状腺眼症で、正面視、下方視、スリット観察の場面ごとに見る眼瞼所見を整理した模式図です。実際には複視、眼球突出、活動性炎症、眼表面障害を合わせて評価します。
| 所見 | どう見るか | 何を意味しやすいか |
|---|---|---|
| Lid retraction(Dalrymple sign) | primary gaze で上眼瞼が高い | 最も基本的 |
| Lid lag(von Graefe sign) | down gaze で遅れる | levator-Müller 系の異常 |
| Lateral flare(耳側上眼瞼の挙上) | 外側上眼瞼が跳ね上がる | TEDらしい contour異常 |
| 上方輪部・上方球結膜の変化 | スリットで上方まで見る | SLK様変化や露出の影響を拾う |
Osaki の review や StatPearls でも、upper lid retraction、lid lag、lateral flare は実務的な眼瞼所見として扱われています。TEDでは眼瞼所見だけで診断を完結させるのではなく、複視、眼球突出、視神経症、眼表面障害を同じ流れで確認します。Lagophthalmos はTEDでも重要ですが、ここでは図に合わせて3場面に絞り、閉瞼不全は次のセクションで扱います。
閉瞼を軽く見ない
眼瞼診察は「上がるか下がるか」だけでは終わりません。閉瞼の質は、露出リスクと顔面神経機能の評価に直結します。
Lagophthalmos
患者に軽く目を閉じてもらい、閉じきるか、どこに gap が残るかをみます。強くぎゅっと閉じてもらう前に、自然閉瞼でどうか を見る方が実用的です。
診察で最低限見たいのは以下です。
- 完全閉瞼できるか
- gap の最大部はどこか
- 下方角膜に staining がないか
- Bell phenomenon はあるか
閉瞼不全があれば、その時点で眼表面評価を優先する場面があります。
スリットはどこで使うか
スリットは不要ではありません。むしろ、以下はスリットで見やすいです。
- 角膜露出と staining
- lagophthalmos の gap
- 眼瞼縁の位置関係
- 上下眼瞼の contour 異常
TED が疑われるときは、下方角膜だけでなく、上方球結膜と上方輪部も見ます。上眼瞼後退や瞬目不全があると、上方球結膜と上眼瞼の機械的摩擦が増え、superior limbic keratoconjunctivitis(SLK)様の充血、染色、異物感が前景に出ることがあります。眼瞼所見を見たあとにスリットへ移る理由は、ここにあります。
ただし、MRD1、LF、Hering、上下視での変化は、最初からスリットに閉じ込めない方が見やすいです。正面の全体観察 → 動的評価 → 必要部分をスリットで拡大 の順が実務的です。
どこで「眼瞼だけの問題ではない」と考えるか
次の組み合わせなら、眼瞼だけで閉じずに次の段階へ進むべきです。
- ptosis + 縮瞳
- ptosis + 眼球運動障害
- ptosis + 頭痛 / 頸部痛
- 明らかな変動性
- lid retraction + 複視 / 露出 / 眼球突出
眼瞼診察の価値は、形成的にきれいに測ることだけではなく、神経疾患や全身疾患への入口になること にあります。
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まとめ
眼瞼診察を実用的にするには、測定値の暗記より、どの姿勢で何を固定して見るか をそろえる方が大切です。
明日からの外来でまず意識したいのは5点です。
- 最初は正面から、両眼を同時にみる
- MRD1、眼瞼溝、眉毛位置を primary gaze で評価する
- LF は
眉毛固定が重要で、まぶたを押さえ込まない - Hering、lid lag、Cogan lid twitch、ice pack test は bedside で取れる
- 閉瞼不全と露出所見を必ずセットでみる
参考文献・参考資料
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