「上が見えない」と「下が見えない」は、解剖的には異なる重みを持つ所見です。上方注視麻痺は後交連を含む中脳背側病変で起こりやすい一方、選択的な下方サッカード麻痺は両側riMLF病変を強く示唆します。ただし、片側の視床中脳病変でも上下両方向の障害を呈する例があり、単純な左右則だけでは局在できません。今回は Andrew Lee 先生の動画を手がかりに、垂直注視の入口を整理します。水平注視(橋の話)と対になる中脳の地図です。
この動画について
- 動画タイトル: Vertical Gaze
- チャンネル名: Andrew G. Lee Channel
- URL: https://www.youtube.com/watch?v=5quebRTHL5A
- この動画を取り上げる理由: 上方・下方注視経路の非対称性を短時間で理解でき、頭位眼球反射(oculocephalic reflex)を使って核上性障害かどうかを確認する手順が外来診察に直結するからです。
動画の内容を日本語で解説
垂直注視の中枢は中脳の thalamomesencephalic junction [ts]0:00-1:30[/ts]
垂直注視は両眼が同じ方向・速度で上下に動く共同運動です。サッカード(速い動き)と追従運動(pursuit)は、それぞれ異なる大脳皮質・小脳・脳幹ネットワークで制御されます。皮質の指令は核上性経路を通って脳幹の垂直注視ネットワークへ降ります。水平サッカードのpremotor networkが橋にあるのに対し、垂直サッカードの主要なpremotor networkは中脳吻側の視床中脳接合部(thalamomesencephalic junction)にあります。
この接合部では、riMLF(rostral interstitial nucleus of MLF)が垂直・回旋サッカードの速度指令(pulse)を作り、Cajal間質核(interstitial nucleus of Cajal: INC)が眼位保持(step)を担い、後交連がとくに上方注視経路に関与します。Darkschewitsch核は近接しますが、臨床で扱う主要な垂直注視ネットワークはriMLF・INC・後交連と整理する方が実用的です。
担当する筋と神経 [ts]1:30-2:30[/ts]
垂直注視に関わる外眼筋は4本です。
- 上方: 上直筋(superior rectus)、下斜筋(inferior oblique)
- 下方: 下直筋(inferior rectus)、上斜筋(superior oblique)
このうち3本(上直筋・下直筋・下斜筋)は動眼神経(CN III)が、1本(上斜筋)は滑車神経(CN IV)が支配します。第3神経核は上丘の高さ、第4神経核は下丘の高さに位置します。
上方注視は後交連を通り、下方注視麻痺は両側病変を示唆する [ts]2:30-3:30[/ts]
ここが垂直注視を理解するうえで最も大事なポイントです。
- 上方サッカードでは、各riMLFからの投射が両側の挙上筋運動ニューロンへ向かい、その一部が後交連(posterior commissure)を通ります。このため後交連を巻き込む中脳背側病変では、両眼性の上方注視麻痺を生じえます。これがParinaud(背側中脳)症候群の主要所見です。
- 下方サッカードでは、各riMLFから下転筋運動ニューロンへの投射は主として同側性です。そのため選択的な両眼性下方サッカード麻痺は、典型的には両側riMLF病変を示唆します。
これは教育上有用な原則ですが、病変は小さくても複数の経路を巻き込みうるため、「上方麻痺=片側」「下方麻痺=必ず両側」と画像診断前に断定しないことが重要です。「下が見えない」を見たら、両側riMLFを含む中脳・視床中脳接合部病変やPSPを考える、という重みづけにします。
| 主な所見 | 解剖学的な手がかり | 代表的に考える病態 |
|---|---|---|
| 両眼性上方注視麻痺 | 後交連・中脳背側の上方注視ネットワーク | 背側中脳症候群、松果体部病変、水頭症、中脳梗塞など |
| 選択的下方サッカード麻痺 | 両側riMLFを示唆 | PSP、両側傍正中中脳・視床中脳病変など |
| 上下両方向の垂直注視障害 | riMLF・INCを含むより広いネットワーク | 中脳・視床中脳病変、神経変性疾患など |

図1: 上方サッカードではriMLFから両側の挙上筋運動ニューロンへ投射し、後交連を通る線維があります。下方サッカードでは各riMLFから下転筋運動ニューロンへの投射が主として同側性で、選択的な両眼性下方サッカード麻痺は両側riMLF病変を示唆します。理解のために簡略化した模式図であり、局在をこの図だけで決めるものではありません。
背側中脳症候群を疑う場合は、上方注視麻痺だけでなく、輻輳後退性眼振、瞳孔の光近見反応解離、上眼瞼後退(Collier徴候)も確認します。ただし、古典的所見がすべて揃うとは限りません。
頭位眼球反射による核上性障害の確認 [ts]3:30-5:00[/ts]
垂直注視麻痺を見たときは、まず随意運動やサッカードが障害されても、前庭動眼反射(vestibulo-ocular reflex: VOR)による垂直眼球運動が保たれるかを確認します。これは核上性障害を支持する重要な所見です。
方法はdoll’s head maneuver(頭位眼球反射、oculocephalic reflex)です。垂直VORを見るには、患者に遠方を見てもらい、頭部を安全な範囲で前後へゆっくり傾け、頭の動きと反対方向へ眼球が代償性に動くかを観察します。
- 随意的に上下を見られないが、VORで可動域が改善する → 核上性垂直注視麻痺を支持
- VORでも改善しない → 眼球運動核・神経・神経筋接合部・外眼筋の障害、あるいは進行した核上性疾患などを検討
したがって「VORが保たれる」は局在に有用ですが、「保たれない=ただちに核下性」とは限りません。PSPでも進行期にはVORが失われることがあります。また、頸椎疾患や外傷が疑われる場合は施行しません。Bell現象で上転を確認できることも補助所見になりますが、再現性や個人差があるためVORの代用として単独判定には用いません。
中高年の進行性垂直サッカード障害では PSP を考える [ts]5:00-end[/ts]
ここが動画のもう一つの重要な臨床メッセージです。中高年で進行性の垂直サッカード低速化または核上性垂直注視麻痺を見たら、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy: PSP)を一度は考えます。典型的なPSP-Richardson症候群では下方優位の障害が目立つことがありますが、現行のMDS診断基準は、上下両方向を含む垂直注視制限や垂直サッカードの低速化を重視しています。眼球運動所見だけでPSPと確定するものではありません。
眼科で「下方が見えない」「読書で下が辛い」という訴えを聞いたとき、加齢性の眼瞼下垂や老視で片付ける前に、垂直注視そのものをチェックする一手間が見逃しを減らします。
MLF 病変と skew deviation の連結
skew deviation(斜偏位)は、耳石器入力を含むgraviceptive pathwayの左右差で起こる垂直方向の眼位ずれです。病変局在は末梢前庭から延髄・橋・MLF・中脳・視床・小脳まで広く、skew単独でMLFへ局在はできません。ただし核間性眼筋麻痺(INO)を伴う場合は、MLFまたはその周辺病変として整合的です。
眼科医としての補足
外来で垂直注視麻痺を見たときに使える視点を整理します。
- 「上下どちらか」「サッカードか追従か」を切り分ける。上方障害では背側中脳所見を探し、下方優位または上下両方向の進行性障害ではPSPを含む神経変性疾患も考えます。
- 頭位眼球反射でVORを確認する。頸椎が安全なら、随意注視の制限が反射性眼球運動で改善するかを見ます。ただし結果を核上/核下の二択に単純化しません。
- PSP を疑うトリガー: 中高年発症、緩徐進行、垂直サッカードの低速化、垂直注視制限、早期の姿勢不安定・転倒、square wave jerks、開瞼失行など。眼球運動所見だけでなく、立ち上がり・歩行・表情も観察します。
- skew deviation では局在を広く考える。INOを伴うならMLFまたはその周辺病変との整合性が高まります。
元動画をご覧ください
垂直注視の解剖と Doll’s head maneuver のニュアンスは、Andrew Lee 先生の話す順番と図で見ると理解が定着しやすくなります。本記事は外来での使い方に寄せた再構成なので、原典で補強してください。
まとめ
- 垂直サッカードと眼位保持の主要ネットワークは中脳のriMLF・Cajal間質核・後交連
- 上方注視経路は後交連を通り、背側中脳病変で両眼性上方注視麻痺を生じうる
- 選択的な両眼性下方サッカード麻痺は両側riMLF病変を示唆するが、単純な左右則で局在を断定しない
- 頭位眼球反射で可動域が改善すれば核上性障害を支持するが、改善しない場合も二択で即断しない
- 中高年の進行性垂直サッカード低速化・注視制限ではPSPを考える
- skew deviationの局在は広いが、INOを伴えばMLFまたはその周辺病変との整合性が高まる
参考文献・参考資料
- Andrew G. Lee Channel. Vertical Gaze. YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=5quebRTHL5A
- Liu GT, Volpe NJ, Galetta SL. Liu, Volpe, and Galetta’s Neuro-Ophthalmology: Diagnosis and Management. 3rd ed. Elsevier; 2019.
- Höglinger GU, Respondek G, Stamelou M, et al. Clinical diagnosis of progressive supranuclear palsy: The Movement Disorder Society criteria. Mov Disord. 2017;32(6):853-864. doi:10.1002/mds.26987
- Shields M, Sinkar S, Chan W, Crompton J. Parinaud syndrome: a 25-year (1991-2016) review of 40 consecutive adult cases. Acta Ophthalmol. 2017;95(8):e792-e793. doi:10.1111/aos.13283
免責事項
本記事は教育・情報提供を目的としており、個別の医療的助言や施設ごとの診療方針に代わるものではありません。
実際の診療では、患者背景、緊急性、各施設の体制を踏まえて判断してください。
